「運動前にはストレッチをしましょう」「ストレッチをすれば怪我を防げる」——そんな話を耳にしたことはありませんか。
これまでの記事でお伝えしてきたように、広く信じられている健康情報も、実際の研究で確認すると、思っていたよりも単純ではないことが少なくありません。
ストレッチと怪我予防の関係も、その一つです。実は、2025年に発表された大規模な最新レビューでも、ストレッチによる怪我予防効果は確認されなかったと報告されています。
この記事では、ストレッチの基礎知識と、怪我予防効果について、研究データをもとに整理します。
ストレッチの基礎知識
ストレッチとは、筋肉や関節を意図的に伸ばし、柔軟性(可動域)を高めることを目的とした運動です。
ストレッチによって関節の可動域が広がることは、多くの研究で確認されています。運動前に筋肉を伸ばすことで、身体を動かしやすくする、という理屈は直感的にも理解しやすいものです。
しかし、「柔軟性が高まること」と「怪我を防げること」は、必ずしも同じ意味ではありません。
怪我予防効果は本当にあるのか
「ストレッチをすれば怪我を防げる」というイメージを持っている方は多いと思います。しかし、この点については、長年にわたって研究者の間でも意見が分かれてきました。
最新の大規模レビューでは予防効果が確認されなかった
2025年に発表された大規模なシステマティックレビューでは、19件の研究・9,000人以上を対象に、ストレッチが怪我のリスクに与える影響が検討されました(Afonso et al., 2025)。
その結果、ストレッチには怪我を予防する効果が統計的に確認されなかったと報告されています(オッズ比0.945、統計学的に有意ではない)。筋肉・腱・靭帯など、怪我の種類を分けて検討した場合でも、同様に予防効果は確認されなかったとされています。
なお、この研究に含まれたデータの質(エビデンスの確実性)は「非常に低い〜低い」と評価されており、対象者もほとんどが14〜59歳の男性であったことから、他の年齢層や女性に同じ結果が当てはまるかは、まだ分かっていません。
過去の研究でも同様の結論だった
今回の結果は、決して目新しいものではありません。2004年に発表されたシステマティックレビューでも、「ストレッチを推奨する根拠も、やめるべきだという根拠も、いずれも不十分である」と結論づけられています(Thacker et al., 2004)。
また、2014年に発表されたメタ解析では、ストレッチ単体の効果は限定的である一方、筋力トレーニングやバランス訓練を含む複合的な運動プログラムの方が、怪我予防に効果的である可能性が示されています(Lauersen et al., 2014)。
筋肉の怪我だけは違うのか
一方で、2024年に発表された別のメタ解析では、対象を4件の研究に絞ったうえで、静的ストレッチが筋肉の怪我(肉離れなど)に限っては予防効果を示したと報告されています(Takeuchi et al., 2024)。ただし、腱の怪我については予防効果はみられなかったとされています。
この報告については、対象となった研究数が非常に少ないことなどから、他の研究者から方法論上の疑問点も指摘されています(Afonso, Costa & Warneke, 2025)。そのため、「筋肉の怪我だけは防げる」と言い切るのも、現時点では慎重になった方がよさそうです。

柔軟性はストレッチでしか得られないのか
もう一つ、興味深い報告があります。
柔軟性(可動域)の向上について検討したメタ解析では、ストレッチと筋力トレーニングが、同程度の効果を示したと報告されています。つまり、柔軟性を高める方法は、ストレッチだけとは限らないと考えられます。
ストレッチの「直後」に、パフォーマンスはどうなるか
「運動前に長く伸ばすと、かえって力が出なくなる」という話を聞いたことがあるかもしれません。この点は、106件の研究を整理した系統的レビューで検討されています(Kay & Blazevich, 2012, Medicine & Science in Sports & Exercise)。
それによると、1か所あたり30秒未満の静的ストレッチでは、筋力やパワーへの悪影響はほとんどなく(推定値-1.1%)、30〜45秒でも有意な影響は見られませんでした(-1.9%)。一方、ストレッチの時間が長くなるほど低下の可能性と大きさが増す「用量反応」が見られ、60秒以上で有意な低下が生じやすくなります。著者らは、悪影響は主に60秒以上の長いストレッチに限られ、運動前のウォームアップで一般的な60秒未満であれば、最大筋力を損なわずに行えると結論づけています。
別のレビュー(Behm et al., 2016, Applied Physiology, Nutrition, and Metabolism)では、ストレッチ直後のパフォーマンスの変化が、静的ストレッチで-3.7%、PNFストレッチで-4.4%、動的ストレッチで+1.3%と報告されています。ただし、ストレッチのあとに動的な運動を行った研究では、明確な影響は見られませんでした。また、可動域はどの種類でも改善するものの、その効果が続くのは多くの場合30分未満とされています。
このレビューでは、静的ストレッチとPNFストレッチは、全般的な怪我や使いすぎによる怪我に対して、明確な効果はないとされています。そのうえで、ストレッチのあとに動的な運動を挟むウォームアップであれば、筋肉の怪我の予防や可動域の向上に、競技のパフォーマンスへの影響もなく取り入れられる、と述べています。
筋肉痛には効くのか
「運動のあとにストレッチをすれば、翌日の筋肉痛が軽くなる」というのも、よく聞く話です。これを検証したコクラン・レビュー(Herbert et al., 2011)では、12件の研究が統合されています。
運動前のストレッチは、翌日の筋肉痛を100点満点で平均0.5点、運動後のストレッチは平均1点軽くする程度で、いずれも統計的に有意ではありませんでした。2,377人を対象にした大規模な研究では、運動の前後にストレッチを行うことで、1週間のうちの筋肉痛のピークが平均3.8点軽くなり、統計的には有意でしたが、その効果は非常に小さいものでした。
著者らは、ストレッチは、運動の前でも後でも、健康な成人の筋肉痛を臨床的に意味のある程度までは減らさない、と結論づけています。ただし、含まれた研究の多くはバイアスのリスクが中程度から高く、エビデンスの質は「低〜中程度」とされています。
2025年の専門家コンセンサス:何が言えて、何が言えないか
ストレッチについては、研究結果がばらついていることから、20人の国際的な専門家が、既存のレビューを検討して合意をまとめた声明が、2025年に発表されました(Warneke et al., 2025, Journal of Sport and Health Science)。80%以上の合意を条件とした、デルファイ法による声明です。
合意が得られたのは、急性・慢性のストレッチは、①可動域を改善する(ただし代替手段もある)、②筋肉の硬さ(スティフネス)を減らす、という点です。慢性的なストレッチが血管の健康に役立つ可能性についても、合意が得られていますが、さらなる研究が必要とされています。
反対に、ストレッチは、①筋肥大に実質的には寄与しない、②万能な怪我予防策ではない、③姿勢を改善しない、④運動後の回復を急性的に高めない、という点でも合意が得られています。「ストレッチをすれば姿勢が良くなる」という期待は、少なくともこの専門家の合意では支持されていません。ただし、これはストレッチ「単独」の話であり、筋力や日々の動作の習慣など、姿勢への取り組み全体を否定するものではありません。
施術現場から:静的ストレッチをあまり勧めない理由
セルフで静的ストレッチを行うと、動きやすい部位だけが伸びすぎてしまい、狙った部位には効かない可能性が高いと考えています。そのため、当院では、静的ストレッチをあまりお勧めしていません。
代わりにお勧めしているのは、大きく、ゆっくり動かす頻度を増やすことです。また、わざわざ余分な時間を取って行う運動よりも、日常の中で取り入れられることをお勧めしています。たいていの方は、時間を取って行う運動を、続けられないからです。
先に紹介した専門家のコンセンサスで、ストレッチが姿勢の改善や万能な怪我予防にはつながらないとされていた点とも、方向が一致します。
ストレッチとの上手な付き合い方
- ストレッチは、柔軟性を高める運動として、無理のない範囲で続けていただいて構いません
- 「ストレッチをしたから怪我をしない」と過信せず、運動前のウォーミングアップ全体(軽い運動で体温を上げるなど)を意識する
- 怪我予防を重視する場合は、ストレッチだけでなく、筋力トレーニングやバランス訓練も取り入れる
- 無理なストレッチで痛みを感じる場合は、すぐに中止する
- 気になる症状がある場合は、自己判断せず専門家に相談する
まとめ:怪我予防はストレッチだけに頼らない
「ストレッチをすれば怪我を防げる」という話は、直感的には理解しやすいものですが、2025年発表の最新の大規模研究を含め、これを裏付ける明確な根拠は、今のところ確認されていません。
一方で、ストレッチが柔軟性を高める効果は確認されており、柔軟性の向上自体は、筋力トレーニングなど他の方法でも得られる可能性があります。
これまでの記事でもお伝えしてきたように、「一つの対策をすれば安心」というよりも、複数の要素を組み合わせて身体づくりに取り組むことが大切だと考えられます。
あわせて、ストレッチは、1か所60秒未満であれば、運動前に行ってもパフォーマンスを大きく損なわないこと、筋肉痛の軽減や姿勢の改善、怪我予防への効果は限定的であることも、複数のレビューと専門家の合意から読み取れます。可動域を高める手段のひとつとして、無理のない範囲で取り入れるのが現実的です。
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参考文献
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